チームを変える闘将
「打倒・巨人」この気持ちを前面に出していた代表とも言える星野さんが亡くなられた。
大学4年時のドラフト会議で「島野」ではなく「星野」と書かれていたらどうなっていたのだろう。想像もつかない。指名を約束されていたはずだった巨人に指名されなかった投手はその後、選手時代に巨人のV10を阻み、監督として3球団を優勝させた。
野球が毎日放送されていた頃は、珍プレー好プレーで見た「怖い」「闘将」というイメージを持っていた。過去を振り返ると、そのイメージよりも、チームを変えられる監督、という印象の方が強い。初めて監督に就いた時は1-4のトレードで三冠王・落合博満を加入させた。二度目の監督就任時も阪神と2-2のトレードなどで4年目にリーグ優勝を手にした。二次政権の最終年オフに、誰も予想しなかった阪神の監督に就任すると、1年後に「血の入れ替え」を行い、金本知憲を獲得した。2年目に圧倒的な強さを見せて優勝し、4年連続最下位のチームを変えた。そして3球団目の楽天では、設立9年目のチームを日本一に導いた。
補強はフロントが行い、監督は選手を起用して采配する、と役割が分かれている中で、星野さんのような行動力と決断力を持った監督というのは現れないのではないか。ただ、その分負担も想像以上のものだろう。
「巨人が強くないとダメ」この言葉をチーム全体で受け止め実現して欲しい。「打倒・巨人」と思われるぐらいの強さを取り戻せば、他チームもそれに負けまいとする。球界全体のレベルアップ、そして野球熱が戻ることを願っているのではないか。
まだ受け止められない、というのが正直なところ。心よりご冥福をお祈りいたします。
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